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学校管理職の養成・研修システムづくりに向けて(2003年)

スクールリーダーの資格任用に関する検討特別委員会
(2003年6月6日)

1.はじめに

日本教育経営学会では、2001年6月に開催された第41回大会総会(於奈良教育大学)においてスクールリーダーの資格任用に関する検討特別委員会(以下、本委員会という)を設置し、スクールリーダーの資格、任用、養成、研修などについて検討することとした。

教育行政の地方分権と学校の自律性の確立が教育改革の課題とされ、学校経営の重要性が高まるなかで、スクールリーダーの役割はいっそう重要性を増している。しかし、スクールリーダーの養成・研修のシステムが十分整備されているとはいえない。とりわけ学校経営における校長の役割と責任はきわめて重要になっているが、政策的には校長の専門的力量を高めるための養成・研修のシステムを整備するというより、民間から経営的な力量の高い人材を登用するという道が選択された。このいわゆる民間人校長は数的にも例外的なものにとどまっているし、企業における経営力量がそのまま学校経営を成功に導くものとはいえない。

以上のような状況の中で、スクールリーダーの養成・研修のシステム整備が緊急の課題となっている。文部科学省が「組織マネジメント研修」のプログラムを開発し試行を始めたことや教員の経年研修(10年目研修)を制度化したことは、その現れと考えられる。

一方、この課題は教育政策・行政の課題であるばかりでなく、スクールリーダーの研修内容を提供すべき大学や研究者の課題でもある。スクールリーダーとしての専門的力量を高めるために大学や教育経営の研究者としてどのようなプログラムや研修内容を提供すべきなのか、またできるのか、そして学校や行政機関とどのような協力関係を作り上げるべきなのか、ということが問われるのである。

本委員会ではスクールリーダーの養成・研修のシステム構想のための検討を続けてきた。2001年10月にはオーストラリアのメルボルン大学教育学部長のブライアン・コールドウェル教授を招いて特別公開シンポジウム「スクールリーダーのための専門大学院を構想する」を開催した。また、2003年3月には本学会全会員を対象に「学校管理職の養成に関するアンケート」(以下「学会アンケート」)を実施した。このほか、本委員会ではスクールリーダーに関して会員がこれまで行ってきた研究や、会員が所属する機関における実践や改革への取り組みなどを参考にしながら、スクールリーダーに求められる力量とその形成の場、そこにおける大学院の役割とプログラム、関係する諸機関の協力体制などについての検討を行ってきた。

本提言は、以上のような検討の上に、スクールリーダーとりわけ学校管理職の養成・研修のシステムについて、そこにおける大学院の役割に焦点づけて基本的な考え方を示すと同時に、そのようなシステムの整備に向けて国、都道府県、市町村、大学、そして専門学会への期待を表明したものである。付録には大学院でのプログラム構想の例及び本委員会委員の名簿を載せた。

スクールリーダーの養成・研修システムの体系化に関しては、国レベルでの制度改革が重要な課題となる。しかしながら本委員会では、国レベルでの制度改革が整備されないと学校管理職の養成・研修システムづくりが進展しないとは考えていない。むしろ、各教育委員会や大学の取り組み、あるいはそれらの協働的な取り組みを通じて、スクールリーダーの養成・研修システムづくりは、徐々に進められていくものととらえている。本提言が、それらの取り組みを支援するものとなるよう期待する。 なお、「スクールリーダー」は校長、教頭ばかりでなく、教務主任や生徒指導主事(主任)などのいわゆるミドルリーダーを含んで用いられるが、以下では学校管理職とりわけ校長の養成・研修に限定して提言を行う。

2.基本的な考え方

2-1 学校管理職に求められる力量

学校管理職には学校経営に関わる実務的な力量が必要であることはいうまでもないが、質の高い学校経営を行うためには、実務を含めて学校管理職の職務を支える専門的な知識と高度な思考力・判断力が必要である。

ここで注意すべきは、まず学校管理職の担う職務の幅が広がってきていることである。自律的学校経営のために、長期的な教育計画の策定とそのための資源(予算や人的資源)の獲得と活用、学校の自己革新と説明責任を果たすための学校評価の計画・実施、学校内外の様々な対立・葛藤の調整、組織としての力を高めるための協働体制づくりなど、これまでになく幅の広い職務能力が必要になっている。

そして、そのための専門的知識もより高度で幅の広いものが求められるようになっている。これまで日本の学校管理職は主として学校での教育活動や経営活動の経験よって培われた経験知を基盤として成り立ってきた。これからも経験によって身につけられた力量が重要であることに変わりはないが、そうした力量をさらに発展させたり、それに加えて組織運営、人事、財務、法規などに関する経験的には獲得しがたい専門的知識を身につけたりすることをよりいっそう求められるようになってきている。現場において身につけられた教育的専門性や経営力量をより高度化することが必要とされるのである。

さらに、複雑な環境の中で専門的な知識を活かして、質の高い学校経営を行うためには、高度な思考力が必要である。長期的で幅の広い視野から物事をとらえること、多様な出来事に対処しうる柔軟性、課題を論理的に分析し説明できる能力などである。また、不確実性の高い中で学校を運営していくためには、高い決断力が求められる。行政的な規制に依存するのではなく、自らの判断によって行動する責任能力といってもよい。

このように、学校管理職に求められる力量は、より幅広く高度になっている。学校管理職の養成・研修のシステムづくりはこの点をまず踏まえる必要がある。

2-2 力量形成の場

学校管理職の実務的な力量は、学校における教育・経営に関する実務経験や校内研修、あるいは教育行政における実務経験を通じてその基盤が形成される。学校における各種主任などのキャリア経験も重要である。実務的な力量の一部は行政研修を通じて形成されてもいる。

このように、実務的な力量の形成においていわゆる現場での研修(on the job training)やそれに近い行政研修が中心になるといえるが、大学院での実務的な力量形成への期待も潜在的にはあると考えられる。学会アンケートでは、いくつかの実務的な力量の形成について、大学所属者(大学・大学院の教職員の会員)よりも学校所属者(小、中、高等学校所属会員)の大学院への期待が高い傾向が見られた。このことは、実務的な力量について学校所属者は現場での形成に満足せず、大学院での研修に期待していることを示している。質の高い実務的な力量を形成するには、現場での経験や研修では不十分であると考えるべきであろう。

専門的知識や高度な思考力・判断力は、大学院に期待されるところが大きい。このような面での大学院への期待には二つの種類がある。一つは、現場では身につけられない力量の形成であり、例えば経営・組織論に関する専門的知識や、学校教育の今日的課題を広い視野からとらえ論理的に分析する力量などである。いま一つは、現場である程度身についた力量をより発展させることであり、長期的な視野に立った教育計画を構想する力量や子どもの発達と教育に関する専門的知識などである。

2-3 養成・研修のシステム

これまで学校管理職の養成・研修は学校や行政での実務経験を通じた力量形成を基盤とし、そこに行政研修などによる力量形成を付加する形で行われてきた。しかし、このようなシステムでは上で述べてきたような今日学校管理職に求められる力量を十分に形成することはできないと考えられる。また、これからの学校管理職の力量形成は、単に個人の力量を高めるだけでなく、学校の組織としての力量を高め、学校をよくすることをねらいとしなければならない。いわゆる民間人校長は例外的なものにとどまるべきであるし、学校経営について理解を深めるための十分な研修が提供されねばならない。こうした課題に従来の研修によって応えることは困難であり、学校管理職のためのより高度で専門的な力量形成の場を確立する必要がある。

本委員会は大学院での学修を組み込んだ学校管理職の養成・研修システムの整備が必要であると考える。その理由は第一に大学院での学修を通じて経験知の限界を超える力量形成が可能になるからであり、第二に量的にも質的にもこれまでの行政研修の限界を超えることができるからである。大学院での学修は、学校管理職を目指すより多くの人を対象に、幅広く高度な専門性や、実践の本質に迫る研究を通じて力量形成を図る機会を提供する。また、第三に大学院での学修によって企業のマネジメントモデルを超えて、より学校の実態や教育の論理に即した力量形成が可能になると考える。

したがって、学校管理職の養成・研修のシステムづくりには、まず大学院での養成・研修プログラムの整備が必要である。上述のように、他では得られない専門的知識や高度な思考力を形成するとともに、ある程度身についている力量をより発展させるためのプログラムが開発されなくてはならない。また、大学院のプログラムはこれまで以上に多様なキャリアに対応しえるものであることも大切である。そしてそのような場として、教育系大学院の改組・発展や学校管理職養成のための専門職大学院の設置が求められる。

また、そのような大学院での学修を組み込んだ学校管理職の任用システムの整備が必要である。大学院での一定の学修を学校管理職任用の条件としたり、さらにはそれを要件とする免許制度を設けたりすることが求められる。また、大学院での学修を保障する制度の充実も必要である。

このようなシステムを、教員のキャリアプロセスの問題としてとらえることも重要である。学校での主任などのキャリアや教育行政での実務経験は、学校管理職の力量形成において重要な意義を持っているが、さらにそこに上記の大学院での学修を組み込んだキャリアを構想する必要がある。これは単に教員個人のキャリア開発の課題ではなく、適切な時期にキャリア開発を援助すべき教育行政の課題でもある。そのような意味で経年研修を積極的に活かすことが個人にとっても行政にとっても重要である。また、管理職登用試験の対象年齢が改めて検討される必要がある。

以上のようなシステムづくりのためには文部科学省、教育委員会、大学など関係機関の連携・協力が必要であることは言うまでもない。すでに経年研修の企画・実施のために教育委員会と大学との連携が図られつつあるが、学校管理職の養成・研修システム全体の開発に向けたその発展が期待される。

3.国・都道府県・市町村の役割

3-1 国の役割

国は現在、学校管理職の養成・研修に主として四つの関わり方をしている。第一は学校管理職の資格要件の設定を通じて、第二は学校管理職のための研修事業の実施を通じて、第三は自治体の実施する研修への指導助言を通じて、そして第四に大学・大学院への長期研修派遣の支援や研修休職制度の設定を通じてである。しかし、これまで述べてきたことから分かるように、行政中心のシステムから大学と行政の連携を強め、大学院での学修に重点を置いたシステムへの転換が必要である。今後、国には次のような取り組みが求められる。

  1. 専門職大学院設置に向けての支援と条件整備
  2. 大学院での学修を組み込んだ学校管理職の資格要件の改善や免許制度の創設
  3. 大学院での学修を保障する研修制度(大学院への派遣や研修休職制度)のいっそうの充実

3-2 都道府県の役割

都道府県は学校管理職の任命権者として、学校管理職の任用と研修に中心的な役割を果たしている。学校管理職の養成・研修システムづくりにおいても、その役割は非常に重要である。今後、都道府県には次のような取り組みが求められる。

  1. 大学院での一定の学修を要件とする任用資格の設定
  2. 教員研修の計画・実施における大学とのいっそうの連携
  3. 大学院での学修を保障する制度の活用や大学院での研修情報の提供など、教員のキャリア開発への支援

3-3 市町村の役割

これまで学校管理職の養成・研修に積極的に取り組んできた市もある。ただ、人口規模や行財政能力にもよるが、一般的に市町村は学校管理職の養成・研修において必ずしも大きな役割を果たしてきたわけではない。しかし、近年では教職員人事において地域に密着した人事のために市町村の役割がいっそう重視されるようになってきている。したがって、市町村の役割として次のような取り組みは可能であるし、求められるところでもある。

  1. 独自の研修事業の実施やいっそうの充実
  2. 外部の研修機会に関する情報提供や派遣事業の充実
  3. 教員のキャリア開発を支援する人事

4.大学と大学教員の役割

学校管理職の研修に対して大学院や学部への長期研修の受け入れ、行政研修や校内研修への講師派遣など、これまでも大学は一定の役割を果たしてきた。しかし、学校管理職の養成・研修システムづくりの観点から、それらは量質ともに十分とはいえない。とくに、これまでの大学院での研修は専門的知識の獲得という面ではある程度成功していたかもしれないが、学校経営の場面で生きてはたらく高度な思考力や実務能力の形成という面では、大学によっては努力しているところもあるが、全体としてみると十分であったとはいえない。人的な面でも実践的あるいは実務的な指導のできる人材が必要であるし、指導方法の面でも実習や演習さらにはインターンシップを取り入れていくことが必要である。大学側の意識改革が求められよう。大学や大学教員に対しては、今後次のような取り組みが求められる。

  1. 大学間や学会との連携による学校管理職の養成・研修プログラムに関する理論とモデルの研究開発
  2. 教育委員会等と連携した学校管理職の養成・研修の体系化に向けた研究開発
  3. 学校管理職の養成・研修の具体的なカリキュラムと実施方法の研究開発
  4. 管理職の養成・研修プログラムの研究開発と実施等を統括するセンターあるいは担当者の配置
  5. 教育経営に関する実践的・臨床的研究の推進
  6. 実践的・実務的側面での指導者(大学教員)の配置
  7. 教育学分野と一般経営学,法学等の分野との連携システムの構築
  8. 学校管理職養成・研修のための専門家の養成

5.専門学会の役割

これまで専門学会はそこに属する個々の研究者の研究や研修会での講師としての活動を通じて間接的に学校管理職の養成・研修に関わってきたが、組織として直接にそこに貢献してきたわけではない。しかし、学校管理職の養成・研修において大学院に重点が置かれ、内容的により高度化・専門化すれば、専門学会としてそれを支援することが必要とされよう。専門学会に対しては、今後次のような取り組みが求められる。

専門学会としての学校管理職にかかわる資格の設定
大学と連携した学校管理職の養成・研修プログラムに関する理論とモデルの研究開発
学校管理職を目指す人や学校管理職の研修担当者のための研修の実施

6.おわりに

学校管理職の養成・研修のシステムづくりについて述べてきたが、最後にいくつかの留意点や残された課題について触れておきたい。

第一に、学校管理職を目指さない教員のキャリアの問題がある。学校管理職の任用が年功序列的ではなくより能力主義的になるなら、学校管理職を目指すのではないキャリアをある程度早い段階で選択する教員が増えると考えられる。管理職になるのではなく、教育の実践家として高度化を目指す教員に対してどのようなキャリア・アップの道筋を用意するのかが課題となるであろう。キャリアの分岐を制度的に行うかどうかはともかく、管理職にならない教員のキャリアを検討することが必要である。また、本提言では学校管理職の養成・研修に限定したが、教務主任をはじめその他のスクールリーダーや学校事務職員、教育長、指導主事などの専門性の確立と力量形成も重要な課題である。

第二に、学校管理職の養成・研修において、人材の育成を図り、教員のキャリア開発を支援する校長の役割が重要であることは言うまでもない。また、学校管理職を目指す教員自身の主体的な意識もきわめて重要である。これからの学校管理職は、なんとなく教員としてのキャリアを積み重ねればその先に用意されているようなポストではない。また、行政的な規制に従ってルーティン的な仕事や管理的な仕事をしていればよいというポストでもない。学校管理職は独自の専門性を要求される創造的な仕事である。それは教員の一つのキャリアとして自覚的、主体的に選択され、形成されるべきものである。そのためには様々な研修の機会を積極的に活用することが必要であり、校長にはそれを支援することが期待される。

第三は、学校管理職の処遇の問題である。学校管理職の仕事がいっそう厳しいものになり、より高度な力量が求められるようになるなら、それに応じた処遇の改善が必要になるであろう。近年の学校管理職の降格希望の実態を見ると、職務の困難さや責任の大きさに処遇が見合っていない、あるいは高い力量を持った人材をひきつけるインセンティブに欠けていることが考えられる。養成・研修システムの整備とともに、学校管理職の処遇の改善について国や都道府県のレベルで検討することが課題となるであろう。

第四に、学校管理職の養成・研修システムづくりについては部分的な改善や運用面での改善を積み重ねながら、長期的で制度的な改革を具体的に構想し、実現していくという考え方が必要である。日本の小、中、高等学校にはおよそ100万人の教員と4万人の校長がいる。校長の在任期間を8年と考えて4万人の校長の8分の1ずつが毎年入れ替わるとしても、毎年5000人の校長を生み出さなくてはならない。このような規模の事業を一気に改革することは困難である。したがって、様々なところで部分的な改善や運用面での改善をまず進めることが必要である。たとえば、大学院の修了ではなく、大学院での一定の単位修得やそれに代わる講座の受講などを学校管理職任用の条件としていくなどの改善である。学校管理職の力量形成は緊急の課題であり、様々な場所で可能な限りの取り組みをしていくことが必要であり、そのなかから学校管理職の養成・研修システムが確立していくことを期待する。

付 録

1.スクールリーダー養成のための大学院カリキュラム構想例

(例1)小島弘道(研究代表)『校長の資格・養成と大学院の役割』(2000-2002年度日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(B)(1)課題番号12410069「学校管理職の養成システムとプログラム開発に関する総合的研究」最終報告書)、2003年。

(例2)兵庫教育大学スクールリーダー研究会『学校指導者養成と専門大学院構想に関する調査報告書』2002年

※講演は、講義・演習を示している。課題研究は、2年次に1年間かけて指導教官より指導を受ける。

2.日本教育経営学会スクールリーダーの資格任用に関する検討特別委員会名簿

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